棺桶












メメントモリ・ジャーニー
















ガーナに行って、自分の棺桶を作りたい。



そんなメレ山さんの思いが綴られた「旅と死」についての本だ。





なぜ、棺桶なのか?





誰もが思う疑問かもしれないけれど、本を読んでいるうちに共感してしまい、どんどん棺桶が欲しくなる。

















意味のない人生には、意味のない棺桶がお似合いだ



メレ山メレ子『メメントモリ・ジャーニー』p.159















メレ山さんは、旅のブログをインターネット上で綴っていた人だ。



とても美しい写真と端正な文章で、十分に多くの人を楽しませてきた、旅好きな女性だ。





彼女の好奇心は、昆虫に移り、生き物の骨に移り、そして棺桶にと移ろいながらも、旅することは変わらずにすぐそばにあるようだった。














人生は、旅のようでもあるし、死を旅立ちと呼ぶこともある。



人はずっと旅をしているのかもしれない。









だから、ときどき、立ち止まってみたくなる。





旅の終着点、あるいは折り返し地点。



そうした区切りではない、道の途中で、自分の来し方、行く末を見つめる。





生きているあいだに作る棺桶は、そのための装置だ。



ときどき、立ち止まって考えるための。





そして、それは死後の世界に旅立ったときに、意味のない自分の人生の置きみやげになる。






















ばかばかしくて、意味のないもののほうが面白い。



その面白さは、生きているあいだにも影響を与える。









馬鹿になればいい。



意味なんかなくていい。



いつかは、ここに入れるんだ。



自分の人生はつまらなくなんか、ない。





部屋の真ん中に堂々と佇む棺桶を見るたびに、そんな風に思えるのなら、とても幸せなことだ。

















ほら、棺桶がほしくなるでしょう。







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