何者でもない
昨日、会話の中で自分の口から何気なく出てきた言葉だ。
「自分は、特に何者でもないです」
すると、「ここに来る人、みんな自分のことそう言うんですよ」と返された。
ここは、洋裁学校のなかにあるギャラリーだ。twitterで以前からフォローしている女性の絵を見るために、電車を乗り継いで訪れた。
さまざまな人の強い思いがなければ残らなかったであろう、手入れされた学校の古い木造校舎。
なんにもない庭だけど、と教えてくれた学校の庭と地続きであるかのような展示装飾がなされ、絵本のなかの森に迷い込んだみたいだった。
森の奥で、作家はとてもあたたかく迎えてくれた。
わらのクッションのうえで、絵本を読んだ。
熱いほうじ茶を淹れてくれた。
そして、しばらく数人で談笑していた。
作家、画家、ギャラリーのオーナー、アートコーディネータ。
集まったのは、そんな属性を持つ人だった。
ある場所では、そう呼ばれるかもしれないし、また別の名で呼ばれるかもしれない。
自分のしていることってなんだろう?って、みんな一言で言い表せる人は少ないのかもしれない。
僕は・・・、ただの子育て中の主夫です。
音楽や絵が好きで、たまに写真を自分で撮っている、ただそれだけの。
クロって何?
ある姉妹が、いなくなった「クロ」を探しに、森へ出かける。
絵本の物語はそう始まっている。
めをさましたら、クロがいなかった。
そして、いっしょにかえろうとしたけれど、そこから先にはクロは行けないんだ、という。
絵本のなかで、クロはどんな形もしていない。
深い青と緑が混じり、暗く光った存在として描かれている。
犬のような、鳥のような、いろんな動物に見えるもの。
「クロ」も何者でもないのかもしれない、と思った。
「クロって鳥ですか?」と思わず訊いてしまったけれど、作家は「私にもわからないんです」と答えた。
分からないけれど、暗く、深く描かれているもの。
ふだんは見えないなにかなのかもしれないし、違う世界のものなのかもしれない。
何者でもない自分も、この森の中では一緒なんだ、と少し安心した。
安心して、とても穏やかに時間が過ぎていった。
帰る・戻る
その場所から帰ると、僕はただの主夫に戻る。
あの不思議な場所の中では、僕は「何者でもない」ものとしてしか存在できなかった。
そこまでたどり着くには、なにか手がかりがないと行くことはできないし、その手がかりを見つけることのできる人は、あまりいないのだと思う。
だけど、僕自身に特別な力がなにか備わっているわけでもないし、ただとても気になったから、見てみたいと思ったから訪ねた。
特別なだれかのためではない、誰にでも開かれた場所。だけど、ここではないどこかである森の中では日常の僕とは違うものになっていたのかもしれない。
その「何者でもない」僕は、いつもの僕と一緒に帰ることはできない。
彼女の描く深い深い青が好きだ。
不安にさせるような、でもどこか落ち着くような、寂しいけれど、その寂しさに浸っていたくなる深い青。
その青に、ときどき救われる。
何もできなくて、自分のことがどうしようもなくダメだと思うとき、そんな心を静かにさせてくれる。
だから、しっかり見ておきたい、と思った。
また機会があったら、ぜひ遊びに行かせてください。
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